2017-03

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乱暴・怒りの手紙

おのれ、去年の約束を反故にしたな、校長許すまじ(冷静に考えれば校長は私と何も約束していない)

というわけで、ワタクシ、怒りました。まじ、転校させようかと思ったくらい。しかし、この「水」の授業はどうやら日本各地の小学校で行われている模様。どうしたもんだか…、というわけでとりあえず、またお手紙書きました。2学期末に学校から、保護者への「アンケート」がきたので、それに便乗する形で書きました。先に書いた会員制働く母サイトにもまた相談して、今度は前よりいろんな意見がいただけました。それらを参考にさせてもらって、書きました。

えーっと、この文を転載するのはかなーーーり恥ずかしいです。怒りにまかせて書いてます。でもとりあえず、当時の勢いは伝わると思うので、のっけちゃいます。

******************************************************
昨年度、息子は3年1組○○先生のクラスでお世話になっておりました。3学期の保護者会で見せていただいたビデオについて、別紙のようなお手紙を○○先生に読んでいただき、電話でお話をしました。このとき、会ってお話をすべきだったのですが、先生は学年末で大変忙しく、お互いに時間の調整がとれず、電話でお話をしました。このとき、○○先生は「勉強不足で申し訳ありませんでした」ということでした。

「こういう見方もあるんだって教えられました。」「たしかに、サイトを見たらあやしげですね。『愛と感謝の祈りによって…』とあったら、ひきますよね。でも、これは特定の宗教ではないんですよ。ビデオも、ちょっとあやしげなところは、私、おかあさんたちと見ながら『ここはちょっとおかしいよね』って言ってましたよね…。」「とにかく、本当にお友達に向かって『死ね』なんていう言葉を平気で使う子がいるので、なんとかしなければと思って…」ということでした。

あまり反論せず聞いていたのですが、「言葉が大切」というのはわかりますが、それを教えるのに、これを使わなくても他に教材はあるんじゃないですか、というのは言いました。そうしたら、「まったくおっしゃる通りです」ということでした。電話を切るときには、「こういうご意見をいただいたということは、他の先生たちにも伝えます」とおっしゃったのでその言葉を信用しておりました。

今年度、1年生の道徳の授業でこの教材が再度使われ、1年2組の△△くんのご両親が校長先生・教頭先生・××先生とお話をしたことを伺いました。その話し合いの席で、昨年度の私の抗議のことに△△さんが触れると、校長先生は
「あれは、『これはオカルト的』という話だと理解している。他の先生たち全員にはこの教材を使わないようにという指示はしていない」というふうにおっしゃったそうです。
(わたしはその場にいたわけではないので、詳細はわかりませんが。)
昨年度私が○○先生にお渡しした手紙を添付します。昨年度も校長先生教頭先生はこれをお読みになっているはずですが、これを読んで私が「これはオカルトだ」という観点でのみ抗議したとどうして受け取れたのか、根拠を伺いたいです。

正直申し上げて脱力しました。私が言ったことって結局無駄だったのか、学校に何を言っても徒労なのか、その場では取り繕うように「すみません」の言葉が引き出せてもそれは「うるさいからこう言っておけば黙るだろう」という程度のものなのか、という無力感でいっぱいです。

しつこいようですが、管理職の方々は、あの教材を本当にご覧になったのでしょうか。「お水さん、ありがとう」の言葉をかけると結晶がどんどん大きくなるとか、「ありがとう」の言葉をかけたご飯はくさらないとか。「実験」と称してこのようなことを「実証」するというのはどういうことでしょうか。

雪の結晶の形は温度・水蒸気などで決まるというのは「常識」の範囲のことだと私は認識しております。
ごはんが発酵するかどうかは、そのごはんがどういう状態か、あるいは落ちたかびの胞子の種類、温度、湿度などが影響するのではないですか。
発酵の実験をする時にしゃべると口の中の雑菌が入るので、普通は無言で行うものではないでしょうか。

一般的に「似非科学」がはびこっているのは存じておりますが、大人が(つまり先生個人が)自分の責任のもとで信じるのと、公教育の場で「授業」として小さい子どもに教え込むのとは別問題です。学校では科学的なものの見方や考え方を養い、検証できる能力や態度を身につけてもらわないと困ります。この道徳の教材内容は、理科で教えられることを否定するものではありませんか。

「小学校学習指導要領 総則」には
(1) 各教科等及び各学年相互間の関連を図り,系統的,発展的な指導ができるようにすること。
「小学校学習指導要領 道徳」の「目標」には
「道徳の時間においては,以上の道徳教育の目標に基づき,各教科,特別活動及び総合的な学習の時間における道徳教育と密接な関連を図りながら,計画的,発展的な指導によってこれを補充,深化,統合し,道徳的価値の自覚を深め,道徳的実践力を育成するものとする。」
と、明記されています。

昨年度も申し上げたことですが、主旨がまったく伝わっていないようですので、再度申し上げます。二度とこのようなことがないと約束していただかないと、何を吹き込まれているかわからないと心配で、安心して子どもを学校に行かせることはできません。
昨年度も「問題あり」と指摘があった教材がまた使われるというようなことが実際に起こってしまったわけですが、これでは「学校は、保護者からの連絡(電話、窓口)や相談に適切に対応している」とは、とても思えません。「適切に対応してもらえない学校」であれば、今後我が子に何か問題が起こったときのことを考えると、とても安心しておまかせすることはできません。

校長先生、教頭先生のお考えをお聞かせください。前回のように「言った・言わない」のようになるのは困りますので、書面にてお願いします。私個人にあててではなく「学校だより」の形でも、アンケートに対する集計のおたよりの形でも結構ですが、とにかく「残るもの」にしていただきたい。これは後回しにして良い問題ではないと私は認識しております。公教育の基本中の基本は、「学習指導要領から逸脱していない授業」であると考えるからです。
なお、今までの経緯はすべて詳細に記録してありますので、今回ご返答がいただけなかった場合、「またにぎりつぶされた」と理解し、第三者の判断を仰ぐ用意があることを付記しておきます。
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